燃え尽きからのうつを予防、気力が蘇るカウンセリング

プロフィール

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専門家(精神保健福祉士・カウンセラー)としての経験

私はこれまで20年以上、精神保健福祉士やカウンセラーとして多くの人の話しを聞き、また若い頃には、教師、障がい者支援、相談員などの仕事を通じて、自信をなくした人が元気になるお手伝いをしてきました。
これまで私が専門家として経験してきた中で、自信をなくした人たちが、自信を取り戻し元気になっていく時に、共通する大事なポイントがあることに気づきました。
私自身も二度、燃え尽き症候群になり、様々な方法で回復した経験があります。
多くの人が元気になった共通するポイントと、私自身が回復に役立った方法とを組み合わせて、燃え尽き症候群から回復し、生き生きと働けるようになるための方法を、一人一人に合わせて提供しています。
また、職場でなんとなく違和感を感じる、仕事を楽しめない、そんな方に対しても、本当は何をしたいのかを一緒に考え、その人らしく生き生きと働けるためのお手伝いも始めました。

幼少期からいい子で育つ

私は、大阪で生まれ、子どもの頃から、学校でも家でもいい子で育ちました。
四国の大学を卒業した後は、大阪に戻り教育の現場で働きますが、学校の中でも勉強のできない子、集団になじめない子、障がいをもつ子どもたちと、多くかかわりました。

27歳で結婚後は、四国で暮らし、子育てをしながら、学校や障がい者福祉の分野で働き、同時にカウンセリングも学び、実践していました。
障がい者の就労支援の仕事をしている時、働く能力もやる気もあるのに、職場の理解がないために働けない人をたくさんいることを知りました。
力を発揮できないのは、もったいない、働く場がないなら自分たちで作ろうと思い、37歳の時、仲間と共に、障がいを持つ人と持たない人が共に働く場として、自然食の弁当屋を立ち上げました。
代表として、全体の運営もしながら、一緒に働く障がい者の話しを聴き、一人一人が力を発揮し生き生きと働けるようにサポートしていました。
自信をなくしていた障がい者が、仕事を任されることで少しずつ自信を取り戻し、元気になり、生き生きと働く姿を見ることが、とてもうれしくて、私の喜びでした。

その一方で、私自身は、目の前のやるべきことを必死でこなしていたら、知らず知らずのうちに、自分の限界を超えて仕事をしていました。
支えてくれる人が周りにたくさんいたにもかかわらず、責任感が強く真面目な私は、人に任せることが苦手で、これは私がやらなくてはと思い、どんどん仕事を増やしていっていたような気がします。
生き生きした障がい者の顔を見るために、私さえ頑張れば、私さえ我慢すれば、という思いが強かったのだと思います。

そして少しずつ元気をなくし、やりたい気持ちがあるのに気力が湧かなかったり、家に帰っても仕事のことが頭から離れず、ぼーっと考え事をしていることが増えたり。

燃え尽き症候群と診断される

とうとう仕事に行けなくなり、クリニックで診てもらったら、燃え尽き症候群だと言われ、しばらく仕事を休みました。
休んでいる間、薬に頼らず、カウンセラーに話しを聞いてもらったり、自分でもいろいろな方法を試したりして、少しずつ元気になり、3ヶ月で、短時間勤務から少しずつ職場復帰しました。

そして以前からうまくいかなくなっていた夫との関係にも向き合い、別居、離婚を経験、経済的安定を求めて、フルタイムのソーシャルワーカーの職につきました。
仕事にやりがいを感じ、4年間、子育てしながら、真面目に一生懸命働きましたが、忙しくていつの間にか、カウンセリングもやめてしまい、少しずつ疲れがたまっていました。

仕事では、毎日様々な人たちの話しを聞き、彼らから信頼され頼りにされることが嬉しく、期待され求められることも多くなり、それに応えようと、日々頑張っていました。
やってもやっても仕事が終わらない感じがして、いつも重荷を背負っているようで、気が重く、元気がなくなっていきました
家に帰ると、毎日の家事と育児で精一杯で余裕がなく、どんどん気持ちが追い詰められていき、ついにダウンし、仕事に行けなくなりました。2回目の燃え尽き症候群、抑うつ状態でした。

その時は、どん底を経験し、一緒に暮らしていた3人のこどもたちにも、ずいぶんつらい思いをさせてしまいました。
生きている意味がわからなくなり、生きていても何も楽しいことがなく、つらいことばかりなので、生きてても仕方ないなあという気持ちにもなりました。
その頃、障がいをもつ仲間で自ら生命を絶った人がいて、その人の気持ちが想像でき、いつのまにか自分と重ね合わせていました。

これではいけないと、なんとか元気になる方法を探り、いろいろなことを試しました。
その時も薬はあまり効果はなく、睡眠導入剤だけの助けは借りながら、カウンセリングを受けたり、本を読んだり、自助グループに参加したり、ワークショプを受けたり、様々な方法で、自分と向き合い、回復に向けて努力しました。

その中でも、カウンセリングには、ずいぶん助けられました。

カウンセリングで回復

二週間に一度カウンセラーにその時に感じている正直な気持ちを話すと、いつもあたたかく受け止めてくれ、安心感が得られました。
日常生活では、誰にも言えないことも、カウンセリングの場では話せました。こんなこと言ったらどう思われるだろうということでも、話してみると、しっかり受け止めてもらえました。
そして、自分では思いつかないような質問をされたり、意外なことを言ってもらって、自分ではどうしようもないと思ていたことが、なんとかなると、思えるようになりました。
いつも自分の責任だと思ってしまう考え方のクセも修正でき、それまでは無理だとあきらめていたことが、あきらめなくてもいいんだと思えるようになりました。

カウンセラーに気持ちに寄り添って話しをきいてもらうこと、質問してもらうことを繰り返す中で、がんばりすぎていた自分に気づき、そのままの自分で大丈夫なのだと思えるようになったのです。

自分を責めることもなくなり、気持ちが楽になり、前向きな気持ちになっていきました。

そして自分の気持ちも整理する中で、本当は自分がどうしたいのかがわかり、人生をやり直そうと決断し、仕事を辞め、次男と二人で、思い切って東京へ出てきました。
最初は、住むところも知り合いも仕事もない中、四国へ戻ろうかと悩んだこともありましたが、たくさんの人に支えてもらい、一から生活を立て直し、少しずつ生活を安定させることができました。

次男はシュタイナー学校へ入学し、私もそれまでの経験を生かしたやりがいのある仕事を見つけ、人にも恵まれ、今はスッキリした気持ちで、充実した毎日を送っています。

光が差し込む緑の木

昔の私のように苦しむ人の役に立ちたい

これまで20年以上、精神保健福祉士やカウンセラーとして、悩んでいる人や元気をなくした人の話しを聴き続けてきました。
そのときそのときで、クライアントさんの気持ちにとことん寄り添って話しを聴いて、クライアントさんが自分では気づかないことを伝えることで、サポートしてきました。

それを積み重ねる中で、気力がなくなったり元気をなくしていた人が、少しずつ元気を取り戻し、生き生きと輝き出していく姿を見るのが、私自身とてもうれしいのです。
人をサポートする仕事をしていてよかったなあと思う瞬間です。

現在は、専門家として、私のように、そのままの自分でいいと思えるようになってほしい、少しでも人生を楽に生きてほしい、幸せを感じてほしい、そんな思いで、日々仕事をしています。

必死で変わろうとして変われなかった過去の自分に対して、無理に変わろうと思わなくてもいいよ、変わろうとすればするほど変われなくなるよ、と言ってあげたいです。
無理に変わろうとしなくても、そのままの自分のことを好きになれば、いつのまにか生きるのが楽になり、幸せを感じられるようになっていきます。

二度も燃え尽き症候群からうつになった経験を無駄にしたくない、このまま人生を終わらせたくない、自ら生命を絶つ人を一人でも減らしたい、がんばりすぎて、元気がなくなっている人に少しでも元気になってもらいたい、そんな思いで、これからも元気をなくしている人の気持ちに寄り添って、サポートしていきます。